歯を治療しない歯医者の疑問
歯科医師が最も避けたいことが治療後のトラブルです。特に高額なセラミックなどの被せ物を入れた歯が治療後に痛み出したり、腫れたりすると治療のやり直しになります。せっかく入れたセラミックを壊して、再治療になるのです。もし治療できない状態だった場合、いままでの費用が全て無駄になります。患者さんも何十万円もかけてダメだった場合、簡単に納得できるはずがありません。費用が無駄になり、さらに追加の出費をどう工面するのかが問題になります。患者さんがさらに高額の負担をするのか、歯科医院側が赤字で対応するのか…。
保険診療でも再治療は問題になります。銀歯などで治療した歯の再治療について、一定期間は保険請求できません。つまり、かぶせ終わった歯の再治療は全額自己負担の扱いとなります。この費用を誰が負担するのかで、トラブルにつながる恐れがあります。
このように、治療した歯のトラブルは患者さんも歯科医師も金銭的な負担が大きくなります。よって少しでも不安がある状態の歯は保存しないで、抜歯の宣告をします。特に残っている歯が少なかったり、歯根破折している場合には、成功率がぐっと下がります。患者さんとの金銭的なトラブルを避けるため、治療をあきらめて抜歯を選択するのです。
保存治療を優先する私でも、完璧主義で治療後のリスクを許容できない不寛容な方への保存治療は引き受けません。つまり、歯の状態だけで抜歯の診断をしているわけではなく、トラブルを避けるために抜歯の判断に傾いてしまうのです。
近年では治療の成功率が重視されるようになりました。普通に考えて、成功率の高い治療は良い治療だと思いますよね。この成功率を簡単に上げる方法が皮肉にも抜歯です。
歯を残す治療は必ず一定の確率で失敗します。人間は機械とは違い不確実性を伴うためです。特に状態が悪い歯を無理に残そうとすると、失敗する確率がグッと上がります。状態の悪い歯を一生懸命に治療すればするほど、成功率の低い歯医者になってしまうのです。
だったら初めから治療しないで、抜歯したほうが確実に成功します。どんどん抜歯すれば成功率の高い歯医者になれます。患者さんが治療後の失敗を許せない、不寛容になればなるほど自分の歯が減ることになります。
保険診療の原則として、国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利の一環として、歯科医療を提供する制度です。誤解している方が多いのですが、丁寧で質の高い治療を保証していません。最低限度の生活を保障するための治療です。だから、手っ取り早く噛めるようにする治療が優先されます。そのため、抜歯して入れ歯やブリッジを作る治療がもっとも点数が高く設定されています。
逆に根管治療やレジン充填などの「歯を残す保存治療」は点数が極端に低く、軽視されています。「歯が残っていて噛めるなら最低限度の生活ができる」というスタンスです。
よって儲からない保存治療をするくらいなら、どんどん抜歯して大きな入れ歯を作ったほうが儲かるし確実で早いです。入れ歯にして噛みにくければ、インプラントにしてくれるかもしれませんし…。
ですが歯科医師の多くは低い点数でも一生懸命に治療します。何度も通院させたり、歯周病の治療と併用するのは、保存治療だけでは大幅な赤字になってしまうためです。保険制度の点数が極端に低いための苦肉の策であり、みなさんの歯を残すための善意です。決して儲けたいのではありません。これに不満があるなら、アメリカと同じように保険では抜歯しか受けられなくなります。
残念ながら歯を残す治療は儲かりません。どんどん抜歯して、入れ歯やインプラントを入れたほうが儲かります。歯科医療はボランティアではありません。市民病院のように赤字垂れ流しで経営することは許されません。利益を出さなければ破産することとなり、家族を含め多くの方に迷惑をかけます。近年の歯科医院の開業費用はどんどん高額になっているにも関わらず、保険点数は据え置きのままです。
そのため高額で儲かるインプラントに傾いてしまうのです。どんどん儲けて贅沢三昧したいわけではなく、借金返済の苦労からインプラントの判断に揺らいでしまうのです。
しかもインプラントの成功率は98%を超えます。対して保存治療の代表である根管治療の成功率は70%前後です。成功率が高く確実に利益を出せるインプラントがとても魅力的なのです。
患者トラブル、成功率の高い治療の要求、保険診療の構造的問題、借金返済…これらの要因で状態の悪い歯を治療せず、抜歯の判断となってしまうのです。
ワタベデンタル
埼玉県久喜市久喜中央2-6-11