近心根と遠心根の2根に歯根破折を認め、さらに大幅な歯槽骨吸収を伴う、極めて状態の悪い左下6番に対して、保存治療を適応した3年経過の症例です。
前職での症例です。手元にカルテがないため、主訴が思い出せないのですが、違和感くらいの軽度の自覚症状だったと記憶しております。ご家族が8年くらい前から通院しており、紹介を受けて来院されました。
左下7番の歯槽骨に垂直性の骨吸収を認めます。5番から8番にかけて著しく近心傾斜していることから、ブラキシズムなどのパラファンクションが関与している可能性が考えられます。
ここまで歯槽骨が吸収していれば、一般的な診断では間違いなく抜歯です。しかし、自覚症状に乏しく、まったく動揺していません。本人から保存治療の希望があったことから、ダメもとでも保存してみようと考えました。
支台築造体を撤去した後の写真です。写真に写っていないのですが、遠心根の遠心壁にう蝕を伴うクラックを認めました。ブラキシズム → 近心傾斜 → 外傷性咬合からの歯根破折 → 歯槽骨欠損と根面う蝕 といった経過を辿ったと推測しました。
写真で確認しにくいのですが、近心根にもクラックを認めました。この時にはマイクロスコープを使用していない為、写真で確認することができず申し訳ございません。2根とも破折している最悪の状態です。間違いなく抜歯案件ですが、幸いにも根尖付近にまで破折線が到達していませんでした。根尖付近まで感染が及んでおらず、かろうじて動揺せず塞き止めているといった状態です。レジン系シーラーを併用して根管内を封鎖しました。
支台築造後の写真です。この時は材料の関係で化学重合のレジンシーラーで封鎖しましたが、今なら極細のファイバーポストを使って、破折線ごと接着させる「モノブロック・レストレーション」でガチガチに固めてしまいます。
ダイレクトクラウンで歯冠修復しました。咬合面は別日に付与したようで、写真での記録がありません。おそらくこの状態で軽く咬合接触させ、長期経過を観て最終形態に修正したようです。記録があいまいで大変恐縮です。
3年後の経過観察です。治療してから一度も痛くも腫れもせず、快調とのことで安心しました。しかし、デンタル上での歯槽骨の回復は叶いませんでした。写真で若干確認できるのですが、遠心根の周囲の歯肉が退縮しています。歯肉の炎症も皆無でプローブでの出血もなかったです。
PPDが近心2~3mm、遠心4~5mmとデンタルの見た目ほど悪くないです。世界中で活躍されている方なので、免疫もパワフルなのかもしれません。「ワタベデンタルはイギリスとかアメリカのプライベートのクリニックを思い出しますね」と喜んでいただけました。
かれこれ歯根破折の保存治療を10年近く施術してきて感じることがあります。それは、歯根破折治療は個人差がものすごく大きいため予想不能であることです。なにが痛みのトリガーになるのか、失敗のきっかけになるのか予想がつきません。
精神論になるのかもしれませんが「治る意思」が強い人は、なんとかなっている気がします。
「でも痛くなったら…」
「だって腫れる危険が高いなら…」
といったように迷いがある方は、その不安に引っ張られる印象です。人間の体は不思議で、偽物の薬でも3割くらい治ります。これをプラセボ効果といいます。3割って少なく感じますが、6割効けば有効なので、かなり大きい数字です。
私たち医療従事者や科学者は、証明できないことはすべて否定します。言葉にできないこと、わからないことは間違っている。ガイドラインだけが正しい。
しかし、こうして臨床に従事していると、科学の限界を感じる場面が多いです。人間の体は言葉で証明できるほど単純ではないのでしょう。なぜ大丈夫なのか不明であっても、自分の歯で噛めたほうがいいと考えます。私だったら、抜歯してインプラントを入れる「学術的に正しい治療」よりも、自分の歯でギリギリまで生活したいです。だましだましでも自分の歯で噛めるほうを選択します。
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